モトックスが提案する、ワインのあるライフスタイル「もっと!ワイン」

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メディチ・エルメーテ

Medici Ermete & Figli s.r.l.メディチ・エルメーテ

正真正銘No.1のランブルスコ!!あの「メディチ家」所有のワイナリー。

オーナー  アルベルト・メディチ氏

所在地
Via I. Newton, 13/a, 42124 Gaida RE , ITALY 地図を見る>
Website
https://www.medici.it//
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No.1ランブルスコメーカー メディチ・エルメーテ

赤いスパークリングワインで有名なランブルスコは、これまで一般的にイタリアでは安ワインとして扱われてきました。そんなランブルスコのイメージを払拭したのが「メディチ・エルメーテ」です。フラッグ・シップのコンチェルトが、2008年ヴィンテージにイタリアで権威ある評価紙ガンベロ・ロッソ誌で最高評価「トレ・ビッキエーリ」を獲得。以来10年以上連続でトレ・ビッキエーリを獲得しています。これはランブスルコ史上例のない快挙であり、現在も記録を更新し続けています。また、2010年にはエミリア・ロマーニャ州最優秀ワイナリー(ヴィニタリー2010)も獲得。名実ともにNo.1ランブルスコ・メーカーであり、まさにランブルスコの歴史を変えた造り手です。

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ランブルスコの歴史を変えたメディチ家の末裔

13世紀初頭フィレンツェ郊外の大部分の土地を所有していた大地主メディチ家は、貴族出身者が国家の中枢を担うイタリアにおいて初めての平民出身の成功者として国民に愛され、18世紀中頃まで権力をふるいました。4-5世紀に亘るメディチ家の歴史の中で、トスカーナ州のメディチ大公国から、系列ファミリーがフィレンツェを離れて、イタリアの各地に移り住みました。一人はイタリア中南部のサルノ地方、一人はミラノ領主エスフォルツァ家、そしてまた一人はワイン造りを志しエミリア・ロマーニャ州へと移りました。200年以上の時が流れ、今のメディチ・エルメーテ家があります。彼らはフィレンツェの正統なメディチ家の流れを汲み、何代かに亘りいくつかの結婚を通じて、エミリア・ロマーニャ州の領主の一人となり、現代ではワイン造りに携わっています。

アルベルト・メディチ氏(左)/アレッサンドロ・メディチ氏(右)

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功績を認められ2年連続オペラワインに選出!

オペラワインとは世界的に権威のあるワイン評価誌ワインスペクテーターが選ぶイタリアTOP100ワイナリーの授賞式&試飲会のことで、毎年イタリア最大のワイン見本市「ヴィニタリー(Vinitaly)」の前日に行われています。メディチ・エルメーテでは2008年ヴィンテージの「コンチェルト」が、ランブルスコとして初めてトレ・ビッキエーリを獲得。その後、現在まで毎年トレ・ビッキエーリを獲っており、その功績が認められ2015、2016年と2年連続でオペラワインに選ばれました!

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バールの経営からワイナリーへと転身!メディチ・エルメーテのサクセスストーリー!

レッジョ・エミリアとパルマを繋ぐエミリア街道に位置する小さい村ヴィッラ・ガイダ。1890年にこの地に家族経営のバーをオープンさせたのがレミジオ・メディチ氏。バーをオープンさせたエミリア街道は歴史的にも有名で、主要部を通っている街道であり商業的にも重要な道です。レミジオは3軒のバーを成功させ、その後小さいながらも畑を購入し、ランブルスコの生産を始め、自らのバーで提供していました。現在とは違い、この当時は田舎方式(メトド・アンセストラーレ)という造られ方をしていました。レミジオが造っていたランブルスコは、やがて息子であるエルメーテ・メディチ氏によってバー以外での販売が開始。当初エルメーテの考えでは地元のみでの販売でしたが、次第に市場に受け入れられ、年々生産量が増えていきました。エルメーテは若くして亡くなったため、エルメーテの息子であるジョルジオとウォルターが引き継ぎました。兄弟は若いながらも経営の手腕を発揮し、販売量は年々上がっていきました。1960年代には輸出も始まり、会社の名前をバーからワイナリーのビジネスへと発展させたエルメーテの功績を讃えて「メディチ・エルメーテ」と名付けました。

1970年代にはアメリカでランブルスコの一大ブームが起こり、ランブルスコはキアンティと並んで、イタリアから世界に向けて輸出が拡大されたワインの先駆けとなります。しかし1987年には大手生産者が造る質の悪いランブルスコが市場に出回り、そのイメージが市場に強く根付いてしまいました。これはその他多くのランブルスコ生産者へ大打撃となりました。1988年にワイナリーに入った現在のオーナーである4代目のアルベルトがこの状況を打破しようと造り始めたのが「コンチェルト」です。コンチェルトはランブルスコで初めての単一畑造りを実践。その中の一番良い区画、クリュの概念を取り入れ、これまでより収量を大幅に落とした他、手摘みで収穫することによってより高品質なランブルスコを造ることに成功しました。このワインが後に、ガンベロ・ロッソ誌において、ランブルスコ界で市場初めて最高評価を得ることとなります。品質にこだわったランブルスコを造り続けたことで数々の受賞を得ることができ、今日ではエミリア・ロマーニャ州の中で最も成功したランブルスコの造り手として確固たる地位を確立したワイナリーとなりました。現在ではアルベルトの息子で、5代目にあたるアレッサンドロがワイナリーに入り、ワイナリーの新しい時代を担っています。1980年に3軒のバーから始まり、家族のたゆまない努力により130周年を迎えた2020年には70カ国以上への輸出をするまでに成長しました。

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ランブルスコの品種

19世紀末には56種類のランブルスコ品種が確認されており、そのうちの約半分が白ブドウ。現在ではその内の6種類のランブルスコ品種がメインになっています。

 

①ランブルスコ・ソルバーラ

主にモデナ北部、ポー川近辺で栽培されており、ランブルスコの品種の中で一番酸が高い品種。雌雄異株の珍しい品種で、ソルバーラは色がかなり薄く、ソルバーラ100%で造ったランブルスコも透明感のある色合いになります。

 

②ランブルスコ・グラスパロッサ

主にモデナ南部、レッジョ・エミリア南部で栽培されており、タンニンが非常に強くアフターにほんのり苦味を感じる品種です。

 

③ランブルスコ・サラミーノ

モデナ、レッジョ・エミリアで栽培されており、フルーティさが特徴でバランスの良い品種。ボディーやストラクチャーをランブルスコに与えます。

 
④ランブルスコ・マラーニ
レッジョ・エミリア南部で主に栽培されており、サラミーノよりも酸が強めでストラクチャーのしっかりした品種です。
 
⑤ランブルスコ・マエストリ
レッジョ・エミリア西部、パルマで主に栽培。ランブルスコの中でもD.O.C.以上のワインではブレンド用品種として使用されています。
 
⑥ランブルスコ・マントヴァーノ/ヴィアダネーゼ
レッジョ・エミリア北部(レッジョ・エミリアとマントヴァの間)で主に栽培されており、畑はポー川付近によく見られます。生産量も少なく補助品種として使用されています。酸とタンニンが低く甘味の強い品種で出来上がるランブルスコもとてもフルーティでフレッシュ。
 
※メディチ・エルメーテでは①~④を使ってランブルスコを造っています。
 

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超限定アイテム①ウニーク

まるでシャンパーニュ!?なランブルスコ

ランブルスコの品種は、イタリアのブドウ品種の中でも非常に酸が高い。現当主であるアルベルトは、瓶内二次醗酵することで素晴らしいスパークリングワインができるのではないかとひらめきました。

 

あれもこれもランブルスコ!

「ランブルスコ」と聞けば、弱発泡の赤ワインでカジュアルなものだけ。そして、それを生むブドウ品種のポテンシャルはあまり高くなさそう、というイメージが強いかもしれません。しかし、メディチではそんなイメージを覆す様々な挑戦を続けています。その一つが、このウニーク。瓶内二次醗酵を行い(気圧はなんと5気圧!)、加えて瓶内熟成も約20カ月を経てからのリリース。高級感のある酸がワインの骨格を整えます。ランブルスコというブドウのポテンシャルを大いに表現したワインです。

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超限定アイテム➁グラン・コンチェルト

ランブルスコで「クリュ」という概念。

アメリカでランブルスコブームが始まった1970年代、量産が求められ品質は急降下。その時代の印象が長年ランブルスコ本来のイメージを傷つけてしまいました。その様な状況を打開しようと生まれたのがメディチのコンチェルト。収量を落とし、単一区画、単一ヴィンテージ、そして手摘み、と最高級クラスを造りました。結果、ランブルスコ史上、初めてガンベロロッソ3グラスを獲得し、名実ともに最高のランブルスコ生産者となったのです。

 

古への回帰、そして超越

ランブルスコはかつて、瓶内二次醗酵で造られていました。ただし、いわゆるシャンパーニュ方式と違い、デゴルジュマンは行わず澱を残したまま飲んでいました。メディチは、この伝統的な手法に倣いつつ、それを超えた商品の開発に着手します。デゴルジュマンを行うことで、ワインにより透明感を出した「グラン・コンチェルト」の完成です。瓶内醗酵を行うことで複雑味も増した、新たな次元のランブルスコです。

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超限定アイテム③フェルメント

元祖ランブルスコの復活

現オーナーのアルベルト・メディチ氏の息子であり、5代目の次期オーナー アレッサンドロ・メディチ氏がワイナリーに参画したのは2013年のこと。ランブルスコの世界を変えた彼の父の影響を受け、自身のプロジェクトの立ち上げを決意。それはランブルスコ初代が実践していたランブルスコの製法の復活でした。この地で代々使われてきたのが、「メトド・アンセストラーレ」という製法です。「昔からの製法」という意味で、ランブルスコの昔からの製法をそのように呼称されている為、日本で一般的に知られているメトド・アンセストラーレとは異なります。

 

ノウハウの復活

製法は、一度辛口のワインを作った後、10-11g/Lの残糖を残したマスト(果汁)を瓶詰め時に組み合わせることで再度醗酵させ造られます。この計算しつくされた製法により、糖分は完全にアルコールとガスに変化し、アルコール12度、ガス圧2.5気圧の素晴らしいバランスのワインが生み出されます。澱引きを行わない為、瓶底に澱が沈殿している点もユニークな特徴です。

 

注目を浴び続けるメディチ!

ソルバーラという透明感、シャープな酸を持つこの美しいランブルスコの品種を使った非常にエレガントでガストロノミックなワイン。フェルメントはリリース後初ヴィンテージでベスト・イタリアン・スパークリング・レッドワイン・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど非常に注目を集めており、今後の新たなランブルスコの歴史を築こうとしているのです。

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