モトックスが提案する、ワインのあるライフスタイル「もっと!ワイン」

モトックスが提案する、ワインのあるライフスタイル「もっと!ワイン」

House of Mandelaハウス・オブ・マンデラ

マンデラ家の精神をワインという形で体現化!

所在地
191 Main Road, Paarl, 7646 South Africa

「南アフリカが誇る、素晴らしい産物を世界へ」

「南アフリカが誇る、素晴らしい産物を世界へ」マンデラ氏の娘と孫の挑戦が始まった!

ハウス・オブ・マンデラ(2010年設立)マンデラ家の歴史を伝え、虹の国家、南アフリカの”過去-現在-未来”を繋ぐ懸け橋として、そして南アフリカが持つ素晴らしい産物を伝える形として、民主化の父“マンデラ氏”の娘マキと孫娘トゥキニによって立ち上げられたワインブランドです。

「謙虚さ、誠実さ、共通意識を持って心を開き一つになれば、効果的に問題を解決することができる」。一家が受け継いできた、この大切な精神をワインという形を通して体現化させます。

オーナー(左:マカズゥイ(マキ)・マンデラ氏、右:トゥキニ・マンデラ氏)

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娘・孫に受け継がれたマンデラ家の精神

南アフリカ共和国において長く続いた人種差別撤廃の為に闘い、民主化を推し進めた偉大な指導者、ネルソン・マディバ・マンデラ氏。彼の功績は亡くなった今も、後に続く世界中の人々に多大な影響を与えています。
マンデラ家は平和や規律、調和を重んじる支障・価値観を持つ部族“テンブ族”を祖先に持ちます。テンブ族の精神、そのスピリッツは今もマンデラ家の大切な柱となり、このスピリッツを今に伝える形の一つがハウス・オブ・マンデラのワインです。
ハウス・オブ・マンデラを通して、南アフリカが持つ最高のものを伝え、一家が大切にしている寛容さ、温かさ、家族感を映し出す鏡となるようなワインをうみ出す、現在6つのワイナリーと提携し、ワインづくりをしています。
ハウス・オブ・マンデラは偉大なる名前と謙遜心、小さな個性の集まりを表わしています。人々が集まり、話を共有したり先人から何かを学ぶ際にこのワインを一緒に手に取っていただければ、これ以上嬉しいことはありません。
★水面には一人の顔しか映らないが、ワインには人の心を大切に思う人々の顔が映る。(フランスのことわざ)
 
 
 
ネルソン・マディバ・マンデラ氏  *画像の無断転用はお断りいたします

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南アフリカで活躍する女性リーダー 

1954年3月1日、南アフリカのヨハネスブルグに誕生。第一夫人であるエルヴィンとの間に生まれた長女です。スイスの高校を卒業後、東ケープ州のフォート・ハレー大学にて社会事業の学士号を取得。その後、ダーバンのナタル大学にて社会学の博士号を取得。

1984年、フルブライト奨学金を受け、アメリカのマサチューセッツ大学にて社会学と人類学の博士号を取得。

諸外国でのキャリアを持ち、これまで南アフリカを変えてきた、ロールモデルとして多くの紙面に登場しててきました。女性の投資グループであるノザーラを含む多くの投資ファンドの開発に携わり、これらのファンドを使い、南アフリカの経済成長と女性のエンパワーメントに従事。

また、彼女自身ネルソン・マンデラl基金の委員でもあり、2010年に自身の娘であるトゥキニ・マンデラ氏とのビジネスを立ち上げ、現在はハウス・オブ・マンデラの会長を務めています。

 
マカズゥイ(マキ)・マンデラ氏

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母ともに

1974年12月に東ケープ州で生まれるマカズゥイ(マキ)・マンデラ氏の長女で1974年12月に東ケープ州に誕生し、11歳で家族とアメリカに移ります。その後、1994年南アフリカに戻り、ウィッツ大学にて社会事業の学士号を取得し、会計士の免許を取得。

広告代理店で経験を積み、コカ・コーラやP&Gなどの国際的な会社で会計管理に従事。その後、南アフリカで初めての国立銀行の広告宣伝部のコミュニケーション・コンサルタントととして、キャリアを積みます。

また、更にキャリアを広げ、その活躍の場をイギリスへと移します。イギリスでは、マーケティングのスペシャリストとして、複数の会社で経験を積み、現在はハウス・オブ・マンデラのマーケティングディレクターを務め、母と共にワイナリーの運営を行っています。

トゥキニ・マンデラ氏 マンデラ氏と *画像の無断転用はお断りいたします

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南アフリカワインの重鎮チャールス・バック氏の下で腕を鍛えた醸造家

■経歴

果実園を運営する一家に誕生(1977年) 

1995年、ステレンボッシュ エルセンバーグ農家大学にてワイン醸造学を専攻し、卒業後カリフォルニア サンフランシスコのローゼン・ブラム・セラー(2000年)、フランス サンテ・ミリオン(2001年)にてワイン造りの経験を積む

2001年末には、南アフリカへ戻り。南アフリカワイン界の重鎮的存在であった醸造家チャールス・バック氏が運営するワイナリー、フェアヴューにて醸造家としてキャリアをスタート。その後10年間の内に、フェアヴューが世界的な評価をうけるワイナリーにまで成長させた立役者となります。

■マンデラ家との出会い

ある時マンデラ家がフェアヴューに来訪し、ハウス・オブ・マンデラブランド創設のために醸造家が必要だと、チャールスに助言を求めました。そこで、白羽の矢があたったのが、当時チャールズの醸造家として働いていたアーランでした。アーランをハウス・オブ・マンデラの醸造家として迎えられたことは、マンデラ一家にとってはこの上ない喜びとなりました。

醸造家、アーラン・エラスムス

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